子供の頃に自分で作ろうとしたちょうちん

January 15, 2010.Posted by 更新係

 

ちょうちんの思い出と言えば子供の頃に自分で作ろうとしたことを覚えています。かなり昔の話なのですが私が子供の頃友達が体験学習のようなもので、自分でちょうちんを作ったといって自慢していた事がありました。それは子供が作った割にはちゃんとした出来でした。多分今から考えたら大人に大半を手伝ってもらったからなのではないかと思いますが。しかしその事は私にとっては物凄く羨ましいことでした。実際にろうそくの形をした電球にスイッチをつけると本物みたいに使うことができましたからね。

私は家に帰って自分でちょうちんをつくってみることにしました。用意したのは折り紙とビニールです。このビニールは使い捨ての風呂敷で水玉模様のしてあるものでした。これを使ってやるわけですが、勿論そんな材料で作れるわけはありません。結局ちゃんとしたものが作れませんでした。

友達が体験学習で作ったちょうちんはちゃんとキットになっているものでした。しかもちゃんとした指導者のいるところで作ったので独学で作ったものと同じで気になるはずはありません。

でも今ならば大人なのであの時のリベンジをしようとしたらできるかもしれません。ネットで探したわけではないのですがもしもちょうちんを作るためのキットが販売されていたら買いたいなと思います。オリジナル性を出すために自分の家で飼っている犬の写真のシールとかを 貼り付けても可愛いかも知れませんね。ちょっと今度は期待せざるをえません。

ちょうちんで思い出すのは

January 15, 2010.Posted by 更新係

 

ちょうちんで思い出すのは、小さかった頃田舎の花火大会に行く時必ずちょうちんを下げて行きました。花火大会が行われる川原の辺りは暗くて、足元が暗いのでちょうちんはとても役に立ちました。はじめは自分で持っているのが嬉しかったのですが、だんだん面倒になって母に持って貰ったものです。

花火大会が行われる場所には出張してくる臨時の出店も幾つか出ていましたが、其の一つにはちょうちんを売る店もありました。さまざまな色合いで数多くのちょうちんを下げて売っている出店は一番目立っていたものです。

未だにちょうちんを見ると毎年決まった8月の花火大会と同時に川原で売っている出店を思い出します。また、村のお祭りの時にも、近くのお宮では大きなちょうちんを2個下げていました。その日が雨になってしまうと、勿論仕舞いこんでしまうので、何となく物足りなく感じました。

大きなお宮のちょうちんは夜、遠くからでも見る事が出来て、それだけでいつもは其の辺りが真っ暗なので、ちょうちんの灯りが見えるととても賑やかな、暖かい雰囲気も感じられて子供心にウキウキしたものです。そんな夜、太鼓をお宮で叩いている人もいて、お祭りの日々は活気がありました。

屋台にあるちょうちん

January 15, 2010.Posted by 更新係

 

ちょうちんと言えば、お祭りのときに屋台にあるちょうちんを、思い出します。まだ小学校1、2年生のころおばあちゃんに連れられ近所でやっていた小さなお祭りに行きました、そのころはお祭りと言えば綿菓子、射的そんな感じでした、ところがおばあちゃんは屋台など目もくれず小さなお寺に手を合わせて、なにかつぶやいていました。

子供のころの自分はそれを見て早くあの ちょうちんの所に、いきたいよと、おばあちゃんにいっていました。それを聞いたおばあちゃんは、そっとぼくに教えてくれました、おまつりはね、みんな元気でやっていますよと。神様に見せてあげる日なのだよ、だからまずは神様に挨拶しないと、まだ小さかったからあんまり理解していなかったけど、屋台に行くよりお参りがさきなのだなと、小さいながら思いました。

お参りが終わり、屋台の方を見ると綺麗な ちょうちんがいっぱいならんでいました。2人で、綺麗だねと言っていた事を思い出します。そのあと、おばあちゃんに綿あめを買ってもらったり、輪投げをやったりすごく楽しかった思い出です。

今年、下の子を初めてお祭りにつれていってあげることができました。おばあちゃんとのお祭りでの事を思い出し、子どもたちを連れて、屋台ではなく先にお寺に挨拶に行きました、昔のように手を合わせていると上の子がパパ早くあのちょうちんの所に行こうよと、僕に向かって言ってきたのです本当にびっくりしました、小さなころの僕と全く同じことを言ったのです。僕は、子供に昔おばあちゃんが教えてくれた事を、同じように教えてあげました。まだ早いけど、家の子も子供が出来て、その子に同じこと言われたら同じように教えてあげられるといいなと思いました。

ちょうちんの思い出といえば

January 15, 2010.Posted by 更新係

 

ちょうちんの思い出といえば真っ先に思い浮かべるのが、姉の高校修学旅行のお土産です。姉の修学旅行は京都だったのですよね。京都と言えば僕の中では「八橋」と勝手に思っていたのに 手渡されたのが「ミニちょうちん」で 正直コレをどうしろというのだと少し不機嫌になってしまいました。

2歳上の姉が高校3年生だから、当時の僕は高校1年。それで使い道のないちょうちんを土産にもらって、にっこり笑って御礼いえるほど人間できてなかったのですよね。でも姉にしてみたら、せっかくお土産を上げたのに不機嫌な顔されたら、当然怒りますよね。

結局ちょうちんが原因で喧嘩になってしまいました。今住んでいる僕の部屋は和室だから 部屋のインテリアにもいいかもしれないけど、当時は自分の部屋なんてなかったし、妹と一緒の部屋は洋室だったし、結局もらったちょうちんは、姉に取り上げられてしまいましたよ。

もらえなかったお土産ってコトで、なんだか、そのちょうちんのコトは返って記憶に残っているのですよね。あの時貰っていたら、多分記憶の底に埋もれてしまっていたと思います。でも姉だって、そのちょうちんを飾ったりとか、大事にしてはなかったのではないかと思うのですが、お互い意地っ張りなので引っ込みがつかなくなったのですよね。

ちょうちんとこれからの時代

January 15, 2010.Posted by 更新係

 

ちょうちんといえば、今までに何度も目にしたことがあります。その思い出といえば僕の場合には一番印象に残っているのがお祭りです。例えば「焼きそば」とか、「たこ焼き」とか「かき氷」といったのに使われているのを見たことがあります。これを目印にお店を探したものです。それに灯りとしてもなかなかのものだと思っています。

そんなちょうちんの思い出として他では、お祭りとか商店のイベントでお店の名前が書かれたものがたくさんあったように記憶しています。灯りとしてだけではなく、広告としても利用されているところが日本人の知恵だと思っています。おそらくこの広告があるために現代でも生き残っているのではないでしょうか。これからも思い出に残るようにまだまだ続いて欲しいと思います。

その他にちょうちんの思い出としては、持って祭りで踊ったような記憶があります。楽しかったです。それにいろんなところで活躍していそうですね。もっと目に触れるところに増えて欲しいものです。

以上、ちょうちんの思い出について語りましたが、これからの時代、こういったものがもっと増えてくれば面白いのではないかと思っています。色んな工夫が欲しいですね。こうやって思い出に残るようにしていきたいですね。

お土産のちょうちん

January 15, 2010.Posted by 更新係

 

ちょうちんというといろいろなものがあります。お祭りになると家の軒先に取り付けている様子をよく見かけます。また、お祭りの行列には、かかせないアイテムで、必ず持ち歩いているようです。そのようなちょうちんは日本人にとてもなじみが深く歴史も古いようです。

私のちょうちんの思い出といえば、僕が働いている会社で以前一緒に仕事をしていた人が、自分の車の中にたくさんのお土産ちょうちんを飾っていました。その人はいろいろな場所へ仕事で出かけていたのでそのたびに購入していたようです。

そのお土産用のちょうちんには、観光地の場所とかキャラクターの名前とか、ホテルや旅館の名前が入ってあるようです。とてもカラフルでいろいろなデザインがあるようです。僕はそのちょうちんをみて、とても驚きました。

ワンボックスカーの中にたくさんの色とりどりなちょうちんが取り付けられていたのに圧倒されてしまいました。はたしてどれほどいろんな場所へ出かけたことでしょうか。出かける度にちょうちんを購入していたようですがいい記念になっていたようです。

時代劇でちょうちんは夜の明かりとして使われていましたがこのようなお土産のものとして使われているのには最初は驚きましたが、サイズが小さいのでかわいらしく思えました。